切腹

オーディションを受けるということは何となく漠然とした活動ではなく、それに通るということで夢やら目標に向かって進む事だと思います。例えばアイドルになりたいとか劇団に入りたいとか俳優になりたいとか、自分の特技や性質を活かした仕事がしたいということではないでしょうか。私自身も高校生くらいのときに写真に興味を持ち始め、写真を提供するフォトスタジオに辿り着きました。自分のやりたいことで些細ながらも誰かの役に立ち、つつましやかながらも飯を食えるというのはすばらしいものです。楽しさや嬉しさや苦しささえも、何事にも生(ナマ)の実感が伴います。やりたいことをしていると仕事だからとか趣味だからとかの境目がなくなり、24時間自分をやってるという感じですかね。もしかしたらそういう生き方は疲れるから、何でもほどほどでいいやという方もいらっしゃるでしょう。あらゆる事象に対して白黒はっきりつけないとと固執することなく、半端なところもそれはそれでセーフだぜって残しておきたいタチなので、最近とりとめのない話になりがちでご購読頂いている方には申し訳ありませんです。そんな自分なのでやりたいことが見つからない、出来ないとしたらどうだっただろうと真逆の人生を考えなくもないのですが、想像しただけでおぞましいです。本当に写真と生き方がマッチして両親に感謝。私の話はチャンチャン。夢やら目標やらを叶えるにはいくつかのエッセンスがあるのでしょうが、一つ自信を持って提案したいことがあります。死んでもやりたくないことは本当に死に直面しない限りやらなくていい、です。そしたら残りはやりたいこと、やれること、やってもいいかなってものだけじゃないですか。いらないものはバッサバッサ切り捨てちゃいます。人類の寿命が延びているとしても人生には限りがありますし、身体だっていつまでも元気である保証はない。それなら可能な限り、やりたいことに熱中し続けることは個々人の充実につながりそうですね。継続は力なり、好きこそものの上手なれなんて都合のいい慣用句は大いに利用しましょう。しかしながら先ほどの提案は二面性を持っていて、一方は先述の通りです。もう一方はと言うと、勘のいい方はお分かりかな。死ぬくらいならやる方がマシってことは、ちゃんとやれってことです。死ぬとか大げさな言葉を使うとかえって安直にハードルを下げてしまうものですが、これだけは言葉通りに自問した方が効果ありありです。切腹がイヤなら刃は常に自分以外のものに向けましょう。

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